Around.50 ふうこ♪のある時ない時+闘魂ブログ

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わだかまりとさようなら・・・2

そのことでは度々言い争いになった。旦那の自分の家のことを当たり前のように私にあれこれしてくれと言い出したことに腹がたったから。 私が善意でしてることが「当たり前」と受け取れるような発言が多くなっていったから。

「誤解しないで!私は結婚時の親との約束があると思ってるし、善意を嫁としての当たり前の仕事ととってほしくない。あくまでも人としてやってること。親切心なのだよ。」

「そんなに嫌なら実家とつきあいやめればいいじゃないか。来年から行かなくていいよ!!」

それは違うでしょう・・・・そんな言い方ないでしょう?? あなた私の気持ち何もわかってくれてないんだね・・・

そんなやりとりがもう何度あったかわかりません。でも結局は年2回必ず帰省するし、2泊は必ずしてきました。最初はお客さん扱いでしたが、だんだんと「嫁」扱いされていってるのがわかりました。 料理も、あれ、これ、とお正月料理など特に義実家特有のお雑煮だしの作り方なんかも、「あなたが長男の嫁やからそのうち、すべてやらなきゃいけなくなるんだからね・・・・」って。

その言葉を旦那は聞いていたのか聞かないふりをしていたのかわかりませんでしたが、あくまでも私はお料理を手伝う!と言う気持ちでいようと思いました。

毎年そんなお盆、お正月をもう20数年繰り返してきたのですね・・・ 義両親も80を過ぎ、だんだんと病気、入院なども増え、弱っていってるのも感じるようになりました。その頃からでしょうか・・・・少しずつ私の気持ちがほどけだしたのは・・・・

もう結婚して20年以上・・・今の義両親は完全に私を受け入れてくれていることは十分に感じていました。だから、年老いてきた義両親に私は人としてできる限りのことをしてあげたいと・・・・

数年前に帰省した時、実父に言われたことがありました。「お前が頑張って尽くせば尽くすほどあちらの両親はお前に甘えてくるだろう・・・完全に嫁としての仕事みたいなことするからあっちのものは皆誤解するんだろう・・・」

私の気持ちの変化とともに実父は私が頑張りすぎているのではないかと思っていたようです・・・その時に結婚時の○○家の嫁にやったつもりはない。と言った父の言葉がまたよぎりました。 でも・・・私は何も言い返しませんでした。

それから数年たち、義父が難聴、ほとんど目が見えない状態になり、なんとか自分で自分のことはできる状態だったのでそのままずっと自宅での生活を数年おくりました。会うたびに痩せ衰えていっているのがわかりました。

今まで聞いたことのない言葉。ある時帰省した私に義父が「ふう子さん、ありがとう。〇〇が(旦那)ここまでやってこれたのはふう子さのおかげだと思っている。あなたじゃなきゃあいつはここまで立派になれなかったと俺は思っているから・・・」と言った。

「・・・・・・・。いえ、そんなことは・・・。」 なんだかその時にふっと心の中の糸が切れたような気がした。

年老いてきたからなのか、その後は私にいつもありがとう、よくやってくれたね。。とねぎらいの言葉をかけられるようになった。

そうして年々私も「家族」になってきてるのかな・・・と思うようになっていった。これは義両親への私の思いなのだ。

旦那の「私がやって当たり前」発言は全く別物で私の思いと裏腹にケンカはいつも同じ内容だった・・・


次へ続きます・・・

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